一陽来復

今日は冬至の日。

一年で昼が1番短くて、夜が1番長い日。1年で最も日が短いということは、翌日から日が長くなっていくということ。

冬至を太陽が生まれ変わる日ととらえ、古くから世界各地で冬至の祝祭が盛大に行われていたようで、太陰太陽暦(いわゆる旧暦)では冬至が暦を計算する上での起点のようです。
中国や日本では、陰が極まり再び陽にかえる日という意の一陽来復(いちようらいふく)といって、冬至を境に運が向いてくると信じられてきたようです。

物事の捉え方1つでなんともありがたい日になるなぁ、と始まりの今日を大切に過ごしたいなぁと思いました。

干し柿も食べ頃です。

イザイホー

沖縄県にある久高島で「イザイホー」と呼ばれる祭りがある。


久高島に生まれ育った30歳~42歳の既婚女性でなくてはイザイホーに参加して神女になることはできなく、この条件は戦前まではもっと厳しく、島から一歩も外に出たことがなく、両親も夫も久高島生まれの女性だけが神女となる資格を与えらていたそう。その祭りの中で先祖の霊と交信して神霊を受け継ぐ儀式を受けなければ神女になれないとされていた。
イザイホーは12年に一度の午年、旧暦11月15日の満月の日から5日間にわたって催される神女の誕生儀礼である。
30歳から70歳までの女性たちはそれぞれ年齢別に名称が分けられており、若い順からナンチュ、ヤジク、ウンサク、タムトという。しかし現在、1978年を最後に祭りは行われていない。これは島の過疎化が進み、ナンチュになれる30〜42歳の女性がいなかったからで、それに該当する女性がいない限りイザイホーは行われない。
どうにかして復活させカタチとして残して行くべきなのか、この神事は今なくなるべくしてなくなり記憶に残すだけとなるのか、あまりにも尊い事柄に複雑な想いが絡み答えが見つからない。

ただ、今回

38年前に行われた祭りの音源がCDとして発売された。

 

来る2016年12月17日土曜日 12時〜

東京のなぎ食堂武蔵小山店にて。

この音源を自身のレーベルからリリースした大城真、デザインを担当した竹田大純を招き、なぎ食堂店主/レーベルmapの小田晶房がインタビュアーとなり、イザイホーリリースの経緯に迫る。貴重な当時のイザイホーの写真とともに。

 

後半は琉球民謡保存会福嶺グループに所属する豊見山瑠衣による民謡ショーあり。 
ざっくりしたわたしの浅い知識では表面的な事しかお伝えしきれないので、ご興味ある方は是非足をお運びください。

なぎ食堂武蔵小山店   

〒152-0002東京都目黒区目黒本町4-2-6 宝録堂ビル103

TEL:03-6412-8319

相も変わらず、私はジーマミ豆腐を作っていきます。今を生きる沖縄に想いを馳せて。

ボレロ

ノースリーブのワンピースの上にサッと羽織る少し透け感のある白い綿生地のボレロ。

ご依頼は今年の7月あたりに頂いていたもの。今日やっとお互いのタイミングが合い試着。そしてこれから完成までの詰めの作業。お渡しは年を越しまたきっとよき日に…。イメージやいろいろな想いをお互いに伝え合いながら少しずつ進む過程。完成までにかかる時間とその間のやり取りはその後のこのボレロの命の長さや、着て過ごす時間の心地に温かい影響を与えてくれると信じて。
想いを温める。

11月の風景


もう師走ですが…振り返る 霜月 。
立冬   暦の上で冬。

山茶始開 地始凍 金盞凍       
小雪    冬の到来が感じられる頃。

虹蔵不見 朔風払葉 橘始黄 

いつだって季節の移ろいは美しく、日々刻々と巡る。生と死。風に耳を傾け、太陽の光の傾きに時折を知り、今を、この土地に生きる。

3%

日本の衣料品国内生産自給率。30年前には約50%はあったそうな。現在、3%を切るそう。更に原材料に至っては、1%未満…。

さらに今、日本の生産現場ではmade in Japanと言っても日本人ではなく、アジアから出稼ぎや技術を学びに来た人たちが殆どだったりする企業も少なくない。こうなるともうほぼ0%に近いような…。私たち日本人は自分たちで着るものを作っていない。

自分に出来ることを考える。

もっと技術を身につけたい。もっと学びたい。大事にしたいと思う事、やるしかない。

つくる喜び。