日々

タオルケット
前田源商店さんのオーガニックコットンのガーゼ生地を久しぶりに帰国する友人の赤ちゃんの為に。


クッションカバー
既製品で探してもなかなかご本人のイメージに合う生地がない…という事で、素敵な麻の生地を持ち込んでいただき、カバーの仕立て直し。

ひとつひとつに物語。

背高泡立草

背高泡立草の花言葉は 生命力、元気。
その名の通り、今の時期、この辺りでは背高泡立草(セイタカアワダチソウ) が群をなしてモシャモシャ生えている。
原産地は北米で、明治時代に切り花用として持ち込まれた植物。背高泡立草の根は地下50cmまで張り、アレロパシー物質を分泌。(=ポリアセチレン系の化学物質)これは成長・発芽抑制作用があり、他の草木に影響を及ぼすらしい。

それは困った外来種だなぁ、と思いながら続きを読むと…、更に自身もその毒素の影響を受け、自家中毒を起こし生長をストップさせる。だって。

なんでかな…。

マヌケなのか、共生を図るためか…。

野山では生長が遅いススキは地中深くに根を張っていて、セイタカアワダチソウの影響を一度は受けるのだけれど、生長速度を上げ、毒素への耐性を持つらしい。セイタカアワダチソウが自滅した後、ススキが勢力を広げ、ススキの群生は土壌を肥やし、他の草木が育つ環境を作る…。その他植物たちも生き残りの攻防戦が繰り広げられているようです。
無条件に命は生きようとする性ゆえ、限りあるこの地球上の容量からの生存競争、殺し合いは仕方のない事なのか…。

…と、
今回話したかったことはその事ではなくて、背高泡立草で染色をした事。
近所に田んぼ一反分ぐらいの面積一面背高泡立草。バケツ2杯分ぐらい刈り取らせていただきました。

葉を落として花の付いている部分だけ剪定して煮出します。刈り取ったうちの3分の1ぐらい使いました。鼻がスーと抜けるような不思議な匂い。結構好きな匂い。

綿の糸を用意しました。

明礬媒染


写真は夜になってしまって色がイマイチ実物と違いますが、実際は花の黄色に近い、はっきりとしたザ・黄色に染まりました。

冬の機織りに向けて準備その一。さてさて、次は何色染めようかな。

子ども服のお直しを

こども服のジャンパーのお直しのご依頼をいただきました。

ジッパーが壊れてしまった、とのこと。まだまだ生地はしっかりしているので今、直したらまだ今年の冬まではその子も着れるかな。来年からは下の子やいとこ、お友だち…。動きが活発なこどもの服は部分的な破損も多い。

そんな時にちょちょちょいのちょいで直せる近所の”ミシンおばさん”になれたら良いなー。と思いながら…お直し無事完了。

また息を吹き返す服、嬉しいな。

ジーマミ豆腐

先日、 「縄文号とパクール号の航海」 の上映会が甲府市にある“文化のるつぼ へちま” にてありました。お越し下さいました皆さま、お会い出来て嬉しかったです。ありがとうございました。

この映画の中で航海のゴール地点が沖縄県だった事、沖縄に6年いた私は、ほぼ毎日のように食堂でアルバイトをし、ジーマミ豆腐を作り続けたこともあり、久しぶりに十八番ジーマミ豆腐を作り、来て頂いた方に食べていただきました。…と、それよりなにより、毎回私が料理出店する際に来て下さる方からのリクエストであり、その方の為に!ってのが1番の作る原動力。ありがたい事です。

この1、2年ほど、迷走気味だった料理。

今回久しぶりに、ぱーっと霧が晴れたように迷いなく心地よく作ることが出来ました。

なぜだろう。
…、思い当たる節はいろいろあるのだけれど、つくづく、生きている実感と、生きるために必要なモノは感覚と感情だ。

と、言葉にするのがもったいないこの日得た何か湧き上がってくるものをとりあえずそんな言葉に置き換えてみる。まとまらないや。

与謝野晶子の詩。

我友

ともに歌へば、歌へば、

よろこび身にぞ余る。

賢きも智を忘れ、

富みたるも財を忘れ、

貧しき我等も労を忘れて、

愛と美と涙の中に

和楽わらくする一味いちみの人。
歌は長きも好よし、

悠揚いうやうとして朗ほがらかなるは

天に似よ、海に似よ。

短きは更に好し、

ちらとの微笑びせう、端的の叫び。

とにかくに楽し、

ともに歌へば、歌へば。

情景がありありと目に浮かんだ、素敵な詩だな、と思いまたもや与謝野晶子の詩を書き留める。似た感情を抱かせてくれる友に、この詩を見つけて次の瞬間伝えていた私。昔も今も変わらないヒトとヒトが出逢い思い合いなにかを分かち合う時。それだけで目の前の景色に光が差して見えてくる世界がある。

大切な事はいつだってシンプルで、エネルギーの源。