足るを知る

国分寺のカフェスローさんでの上映会の機会にタイミングが合い、観させていただきました。 

国民総幸福 GNH を図るブータン国王、鎖国が解かれ、王政から民主政にかわり、道は繋がり、インターネットで世界の情報を得られ…と、選択範囲が広くなったブータンの今と未来を見つめた日本人 辻信一さんのドキュメンタリー映画。

ヒマラヤ山脈の南に、面積はほぼ九州と同じ、人口約75万人。 人の踏み入ることの無い自然エリアが残る大地の豊かな国。チベット系大乗仏教を国教とし、人々の祈りが生活の中に当たり前にある。

学生の頃、ブータンから美術教育をブータンの学校教育にも取り入れたいと、日本語に訳すと太陽という名前の彼がやってきた。初めに教えてもらった言葉が ゾンカというブータンの言葉で trashidelek タシデレ だった。
そんなこともあり、勝手に身近に感じているブータンの事を取り上げたドキュメンタリー映画、心の衝動のままに上映会場へ向かった。

映画を見ながら頭と心の中では沖縄での日々、彼の言葉や行動が走馬灯のようにぐるぐるしてた。

王政から民主政になる時、彼は沖縄にいた。

これからの未来に不安と期待と今までへの感謝とこれからへの希望いろんな想いでいたのを覚えてる。

いまどのような想いでその土地に立ち、

暮らしているのだろう。
いろいろ思い出すときりがない。

ブータンには人間が立ち入れない森がある。そこはイエティの森。

人間が荒らしてはいけないエリアがある。

と言っていた。

足るを知る。
地球上の一生物として他の生き物に敬意を持って生きることは、言わなくても誰もが周知していて、人間の身体は自然界からの借りているもの、死んだら土へ還す。

小さな目印を付けて一年間はその人を想い祈るが、お墓はなく、落ち葉が土に還るように、ヒトも土に還ってまた新たな命へとなる。

ブータンに限らず、

やんばるの森も東京の森も、海も空も…

そうあったらどんな世界が築けるのだろう。

何十年か前には日本にもその感覚があったはず…。

と、つい途方もなく考えてしまった。

 
変わらないで欲しいと勝手な想いがあるけれど、せめてどうかよい選択をとブータン想いを馳せる。

心豊かに。

ワンピースと麦わら帽子展 終了いたしました。


カード織ワークショップも開催したり。

みんなで帽子と洋服をチョイスしてみたり。
開催中、たくさんの方々にお越しいただき、様々な話題を和気藹々と会話をする事が出来ました。何よりも大切な出逢うこと、話すこと、一緒に時間を過ごす事が出来たことが本当に幸せに思います。この日々が今後の糧になります。

感謝に尽きます。

イトさんをはじめ、陽々を支えてくださる皆さまに、

どうもありがとう。
今からしばらくは引き籠ってひたすらつくる日々。出来上がりをどうぞお楽しみに。
これからも陽々yoyo をよろしくお願いします。
ウチの庭はいろんな草花が繁々と。

夏のひたすらぐんぐん伸びる生きるチカラが嬉しいからって言い訳して、伸び放題…。


気分よく爽快な夏を!

THE TRUE COST

最近、気になっていたドキュメンタリー映画を観ることができました。
THE TRUE COST 

 ファストファッションの真の代償 

世界はどこへ向かおうとしているのか。

大きな流れを変えるには…

誰一人として他人事ではないこの現実、意識を変えていかなくてはいけない。気に留めているだけでは変わらない。と痛切に思わされた。
当たり前の事だけど、

人間は自然の秩序の中で生かされている。

豊かな自然の中で多種多様な生き物たちは共存しながら互いに助け合い生存し、命を未来に繋げる事ができる。人間もその中の一種の存在である。

人間の為に用意された地球などない。

人間に与えられた知恵と想像力を自然界の中で活かす事で地球に生きるものの一種として秩序を維持していくべきであり、人間が自然界をコントロールするために知恵を使うべきではない。
欲は生き物にとってなくてはならないエネルギーの源だと思うけれど、欲に翻弄され、目先の利益に囚われてしまうと同じ世界に住む遠くの人や、遠い未来のことへの配慮が欠けてしまう。想像力がなくなってしまう。

緑豊かな自然から離れた暮しをしていくに連れ、人間界の秩序と、動植物界の秩序とのすれ違いが大きくなってしまったように感じる。

一括りにしたその人間界の中でもその差はどんどん大きく広がっている。
わたしには何ができるのだろう。
小さい頃から布で何かを作るのが好きだった。

布に限らず、手を動かしているのが楽しかった。

特に疑問も抱かず小さい頃は、大きくなったら洋服屋さんになりたいと思っていた。

でも、いざそれがより現実的に進路を決めなくてはならなくなると、前に進めない自分がいた。

世の中は既に沢山の衣服があって、今更わたしも服を作る意味は何なのだろう、と。
でも布が好き。作りたい。
ただ作り出すだけの行為は、

結局同じ結論に行き着く。
どんなものをつくるのか。
今わたしが行き着く答えは、

最後まで責任を持てるもの。
長く愛着を持って着たい、思い出をたくさん刻んでいける命の長い服を。

その為に、私の仕事は私のデザインした服を売ることは一番の重要な事ではなくて、イメージする服について私に相談してくれた方の希望に少しでも近づける事、確かな技術でカタチにする事。傷んだところは繕い、お手入れしながら着続けたいと思えるように。
今はもっともっと勉強しなければ、

お直しの技術の事、繊維の事、布の事、生きる事、地球の事…

背景をきちんと知り、伝える責任がある。
そしていつも思う事は偏りすぎないように。

見失わないように。

バランス。
猪突猛進ガな私への戒めの言葉。